奈良地方裁判所 昭和29年(行)6号 判決 1955年1月13日
原告 橋本治三郎
被告 国・奈良県知事
主文
被告奈良県知事が別紙目録記載の土地に付き買収時期を昭和二十二年三月三十一日とした買収令書を以つてなした買収処分は無効であることを確認する。
原告その余の請求は総て之を棄却する。
訴訟費用は被告奈良県知事の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文第一項同旨及び原告が主文第一項掲記の土地に付き所有権を有することを確認する。被告国は右土地に付き登記権利者藤本喜蔵のため奈良地方法務局郡山出張所昭和二十五年二月一日受付第一八九号を以つてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として
一、右土地は原告が昭和十五年一月十六日訴外塚口音松より之を買受け所有していたものであるところ訴外奈良県生駒郡伏見町農地委員会は之に付き自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当するものとして買収計画を樹立し、被告奈良県知事は右計画に基き買収時期を昭和二十二年三月三十一日とした買収令書を以つて之が買収処分をなし且つ昭和二十四年八月十二日前記法務局出張所に嘱託して登記権利者農林省のため之が所有権移転登記手続をなし、更に右農地委員会は之が売渡計画を樹立し、被告奈良県知事は右計画に基き売渡時期を同日とした売渡通知書を以つて之が売渡処分をなし且つ昭和二十五年二月一日右法務局出張所に嘱託して登記権利者前記訴外藤本喜蔵のため之が所有権移転登記手続を完了したものである。
二、然し乍ら右買収処分は左の事由により無効である。即ち
(一) 原告は本件土地に自宅を建築する目的で之を買受けたものでその地目は田となつているが本件買収当時は既に田その他の農地ではなく原野であつた。尤も現在本件土地の一部たる千二百三十番地五畝八歩には稲作されているが之は前記訴外藤本喜蔵が最近に至つて田に変改したものである。
(二) 仮に本件土地が農地であるとしても小作地ではない。原告は前記訴外塚口音松より本件土地を買受けるに際し右訴外藤本喜蔵がその仲介の労をとつたが爾後同訴外人に対し本件土地の管理を依頼したこともなければ小作させたこともない。
されば本件土地を右訴外人が小作する農地であるとしてなした被告奈良県知事の本件買収処分は此点に於て違法があり、而もその違法は明白且つ重大であるから本件買収処分は無効のものというべきである。
三、かくの如く本件買収処分が無効であるとすると本件土地の所有権は原告にあること明らかであり、又本件買収処分を前提とする前記売渡処分も無効であるから之を登記原因として登記権利者前記訴外藤本喜蔵のためなされた前記所有権移転登記も亦無効のものといわなければならない。よつて被告奈良県知事に対し本件買収処分の無効確認を、被告国に対しては本件土地の所有権が原告にあることの確認及び右売渡処分による所有権移転登記の抹消登記手続を夫々求めるため本訴請求に及んだと陳べた。(立証省略)
被告等指定代理人は原告の請求中登記の抹消を求める部分は訴を却下する。その余の部分は請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として請求原因事実中第一項は認めるがその余の事実は之を争う。本件土地はその地目が田となつているばかりでなく原告主張の如く訴外藤本喜蔵が原告の本件土地買受けの世話をなし爾後原告の依頼により同訴外人が之が管理に当りその公租公課を代納し終戦時頃からは土盛りして甘藷蔬菜等を耕作し農地として利用し来つたもので而も原告には本件地上に自宅を建築する目的はなかつたのであるから本件土地は同訴外人の小作する農地とみるのが相当である。然れば本件買収処分には原告主張の如き何等の瑕疵もない。次に原告の本件所有権確認請求に付ては被告国は既に本件土地の所有権を前記訴外藤本喜蔵に移転しているのであるから原告は同訴外人を相手方としてその存否を争うべきで国を相手とする右請求は正当な当事者を誤つたもので理由がない。又原告の本件登記抹消請求に付ても現在本件土地の登記簿上の所有名義人は第三者たる右訴外人であるから同訴外人に之を求めるべきで国を相手方とする右請求は正当な当事者を誤つたものというべきである。仮に国が正当な当事者であるとしても前述の如く本件買収処分には何等瑕疵はないのであるから本件買収処分の無効を前提とする右請求も勿論理由なきものであつて以上原告の主張は何れも失当たるを免れないと陳べた。(立証省略)
当裁判所は職権を以つて証人塚口音松の訊問をなした。
理由
本件土地は原告が昭和十五年一月十六日前主訴外塚口音松より之を買受け所有していたものであるところ訴外奈良県生駒郡伏見町農地委員会は之に付き自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当するものとして買収計画を樹立し被告奈良県知事は右計画に基き買収時期を昭和二十二年三月三十一日とした買収令書を以つて之が買収処分をなし、更に右農地委員会は之が売渡計画を樹立し被告奈良県知事は右計画に基き売渡時期を同日とした売渡通知書を以つて之が売渡処分をなし且つ昭和二十五年二月一日奈良地方法務局郡山出張所に嘱託して登記権利者訴外藤本喜蔵のため之が所有権移転登記手続を完了したことは当事者間に争いがない。しかるところ原告は本件土地は農地ではなく仮に農地であるとしても小作地ではないから本件買収処分は違法無効であると主張するので之に付き案ずるに成立に争いのない甲第一、二号証証人村上喜市郎同塚口音松の各証言原告本人訊問の結果及び検証の結果を綜合すれば
本件土地はもと水田であつたが大正十年頃訴外塚口音松外三名が同人の名義を以て本件土地一帯の発展従つて又その地価の騰貴を予想して転売の目的で之を買受けたもので爾後同訴外人等は之を耕作することなくその儘に放置し雑草類が繁茂して荒蕪するに任せていたものであるところ昭和十五年頃原告が前記訴外藤本喜蔵の仲介によりゆくゆくは自宅を建築する目的で之を買受けたこと、然しその後原告も耕作することは勿論、住宅建築に着手することもなく従前通り荒れるがまゝに放置していたこと、その後昭和二十一年二月頃訴外村上喜市郎が原告に無断で本件土地の一部たる千二百三十番地五畝八歩に土盛りして昭和二十五、六年頃まで麦を耕作していたこと、そして同訴外人以外には本件土地を耕作する者はなかつたこと、更に本件土地は近畿日本鉄道株式会社あやめ池駅の北方西、五丁の地点に位しその附近には数戸の建物が点在するのみの極めて閑静な場所で隣地は畑或は雑木林となり又本件土地は両番地の間を通る道路より低く殊に千二百三十一番地一反一畝十歩はかなり低地となつており現在千二百三十番地五畝八歩はその大部分が水田となり稲を作りたる形跡あるも之は訴外藤本喜蔵が昭和二十九年度初めて稲作を為したものである他の部分たる千二百三十一番地一反一畝十歩は湿地帯で何等耕作の跡なく雑草、樹木が繁茂しなお荒蕪地であることを夫々認定し得る。
証人藤本喜蔵の証言中右認定に反する部分は措信し難い。以上のように原告は本件土地に自宅を建築する目的で之を買受け爾後農地として利用することなく荒れるに任せていたものであるがさればとて本件土地はもともと田であつて原告が之を宅地となす目的を以て買受けたものとするも之に地均等を施した事跡は少しもなく僅に手を加うれば耕作の用に供し得る土地であるから本件土地が本件買収当時農地ではなかつたと認めることは困難である。然し乍ら前記の通り本件土地は本件買収当時訴外村上喜市郎が地主に無断で何等の権原もなく不法に之を耕作していたもので而も同訴外人以外に前記訴外藤本喜蔵その他何人も之を耕作していなかつたのであり、他に小作関係を認定し得るに足る何等の証拠もない。してみると被告奈良県知事が右訴外藤本喜蔵が小作する土地であるとしてなした本件買収処分は此点に於て違法があり而も之は明白且つ重大な瑕疵というべきであるから本件買収処分は当然無効で原告の此点に関する請求は正当にして理由があるものといえる。
次に進んで原告の本件土地に対する所有権確認請求に付いて考えてみるに原告は前述の通り本訴に於て奈良県知事を相手方に本件買収処分の無効確認を求めているのであつて之に付いて本案判決を得れば原告は本件土地所有権の存否に関する現在の不安乃至危険を除去し得るのであるからそれ以上更にその所有権の確認を求めることは法律上の利益なきものと謂わねばならない。従つて此点に関する原告の請求は理由なしとして棄却すべきものである。
次に原告の本件登記抹消請求に付いてみるに右請求の趣旨は原告が本件土地に付き農地売渡を登記原因として訴外藤本喜蔵のためなされた所有権移転登記の抹消登記手続を被告国に対し求めんとするにあることはその主張自体明らかである。而してかように不動産物権者がその目的不動産に付き不当な登記が存在するとしてその登記の抹消を求めるにはその不動産の登記簿上の名義人を相手方とすべきものであるところ本件に於ては本件土地の売渡による所有権移転登記の名義人は右訴外人であることは前顕甲第一、二号証に徴し明らかである。然らば原告は前記登記の抹消方は右訴外人に対し請求すべきものであると謂わねばならない。しかるに之を被告国に対して求める原告の此点に関する請求は正当な当事者を誤つたものであるから理由なしとして棄却すべきものである。
よつて民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小林定雄 吉井参也 鈴木弘)
(目録省略)